ぶらりぼっち日和

人生回り道。のんびり生きる仕事嫌いな20代

ぶらりぼっち日和

ニートは才能だ


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ーーー早いもので現職で働き始めてから10ヶ月近くが経過。前職が15ヶ月ほどでしたので、残り半年くらいで正社員のキャリアを追い越す形になりそう。

常に鬱々とし、イライラの極みのような働き方をしていた前職に比べたらかなり働きやすくなった、本当に。大手万歳。

今のとこ辞める予定はなく、今年から付与された有給を存分に活用している最中でございます。GWも取れるし、月一回は平日休みにできるし最高だな!

 



と、無事にホワイト企業ライフを謳歌している僕ーーーかと思いきやそうでもない。

 

 

 

 

やっぱりニートになりたい!!!

 

 

 

ニートになりたいがなれない

 

さて、こんなホワイト企業に勤める僕ですが、控えめに言ってニートになりたい。

現在の勤め先に不満はほぼありません。普通に見ればホワイト企業。

有給は理由なく取れますし、残業も基本なし。暦通りの連休があり、年度毎の飲み会を除けば変な飲み会に誘われることもありません。

特に周囲の正社員の友人から、休日出勤の話や支給されない残業代の話を聞くと本当に震える……。

 

 

何ですか毎日23時帰りって……。ありえない、何それ正社員怖い。

 

 
それらと比べたらかなり恵まれている自覚はあります。

そんな状態ですらニートになりたいのだからもう、どうしようもない。プロ社会人から怒号が飛んできそう。
 
 
この記事でも述べましたが、僕は『働くという概念自体』が嫌いです。
 

hitomishiriman.hatenablog.com

 

僕がギリギリ働ける条件は以下のとおり。

 

 

労働時間がまとも

福利厚生がきちんとある

働いている人がまとも

 

 

これを正社員で探したらどれだけ苦労するんだろうか……。

これらをクリアしてやっと真面目に働けるかな?というレベル。働くこと自体に対して嫌悪感があるので今の職場以外ではやっていける自信がないのが本音です。

 

好きがあるのは強い


働くという概念が嫌いーーーそんな僕からしたら、働くことへのベースに『自分の好きなこと』がある人は羨ましい。

自分が、

 

 

これをやりたい!これが好き!

 

 

と思えるものに携われる職場であれば長く勤めることが可能。場合によってはそこに骨を埋めて働くことも考えられます。

仮に今の職場が合わなくても、それは『今の職場』だからであって、そこを変えれば上手く働ける可能性が高いです。

なぜなら自分の『働くこと』に対するモチベーションが職場環境に左右されない場所にあるから。

でも僕は、働くという概念が嫌い。自分に合わない。

 

 

 

オワタ\(^o^)/

 

なわけ。どうすりゃええんや!!

当然休みの日は社会の鎖から解放されたかのような解放感!ヒトカラしちゃうし、昼間からお酒も飲んじゃうし、あてもなく一人でブラブラ出歩いたりもしちゃう。

その休日が終わればまたもや絶望。サザエさん症候群などと言いますが、テレビのない我が家では21時を回ると気持ちが鬱蒼としたものになっていきます。

 

『働く』を捨てる勇気はない

 

とはいえ、

 

 

じゃあ会社なんて辞めちゃえ!好きなことしちゃえ!

 

 

となるかというとそうでもない。

僕には特段趣味や好きなことがありません。なので、面白そうだと思う会社とか、自分でこんな事業をしてみたい!とかもないので、会社を辞めたところでアルバイトで食いつなぐことになりかねない。そうなると今よりも不安定な条件は免れません。

加えて、年金や社会保険の恐怖なんかも襲い掛かります。サラリーマンであれば勝手に引かれていたこれら。自分で処理するとなったら不安しかありません。

 

 

失敗したらどうしよう……将来に響いたらどうしよう……

 

 

こんなことが頭の中でぐるぐるグルグル目が回る。

もちろん年金制度や社会保障はとっくに崩壊してると聞きますし、そこに頼ること自体がナンセンスなのでしょう。

が、それでも制度に必死にしがみつき、安心感という虚像に守られたいと思ってしまう。もう終身雇用なんてとっくにないんですけどねえ……。

これらを考えると『働く』を捨てきれない。本当は適当にポイ~してのらりくらり生きれれば良いうのですが、そうもいかないのです。

 

社会通念が邪魔をする

 

何よりも僕に立ちはだかるのは『社会通念』というやつ。25歳になり、普通に働き普通にしていることが求められてきます。

思えば社会通念とやらに支配されて久しい僕。

小中高は(とりあえず)真面目に勉強し、元気に育つようにとスポーツクラブにも通い、周囲には真面目で良い子と思われながら育ちました。

みんなとおなじように大学に行き、新卒では失敗しましたがなんとか働いてはいます。

そんな、社会一般で言われるような『真面目で良い子』をずっと演じていると、自分の価値判断が、

 

 

これは真面目で良い子のする判断か?

 

 

になってくるんですよね。

真面目で良い子はテストで良い点を取るし、真面目で良い子は現役で大学に行くし、真面目で良い子は新卒で就職するし……。

新卒で就職失敗した時は、真面目で良い子の化けの皮が剥がれたこともあり精神的にかなり焦っていましたね。

もちろん失敗しても死にませんでしたよ?死んでたらこれを書いてるのは誰だい

ですが『真面目で良い子』の価値観が強すぎるので、今でもそこから逸れることに恐れがあるのです。働くことを捨てるなんて、『真面目で良い子』のすることじゃありませんからねえ……。

最近はツイッターやブログを通じていろんな働き方をしている人を見ていますから、真面目で良い子を捨てたところで死にはしないと知っています。

頭ではわかっているんです。

でも、体に、脳に、全身にびっしりと染み付いちゃった自分の性格はなかなか剥がれてくれません。

 

ニートになるという決断はすごい

 

これらの不安が頭を駆け巡り出すと、もう止まらない。結局現状が一番落ち着くという結論になり、『働く』を捨てることができないのです。

そんな僕からしたら『ニートになる』という決断を下せるのはすごい才能。中途半端に働くよりも『~~しない!』と振り切れるのは素晴らしい判断だなと思うのです。

世間一般的にはあまり良い印象ではない、ニートという存在。誰が働いていようが他人の人生には影響ないのですが、やたら他人に干渉する人が多いですからね、今は。働くのが当然という社会通念の中では致し方なしでしょうか……。

 

でも僕は、

 

 

決断  =  ポジティブ・ネガティブ関係なく決めたこと

 

 

だと思うんですよ。何かを辞めたり、あるいは自分のために逃げたり、そういった(一見)後ろ向きなものも決断であると考えています。

 

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『会社を辞める』というネガティブな判断をした経験のある僕からすると、そう思えるんですよね。

 

 

あのまま仕事をダラダラ続けていたらどうなっていたか……。

土日に電車に揺られ、ストレスフルな中で働き、いつ安定するかもわからない事業に首を突っ込んだままだったでしょう。

もちろん辞めた直後のニート期間は、

 

 

次の職場で大丈夫かな?ただでさえ人付き合い嫌いなんだけど……

 

 

と不安ばかりでした。

でも始まってみると意外とそれなりには過ごせるもんですね。

2017年6月に出した『会社を辞める』という逃げの判断。ネガティブな決断をしたからこそ、今の余裕のある生活ができているのは間違いありません。

このネガティブな経験があるからこそ、ニートになるという判断を下せる人は本当にすごいと思えます。僕も会社を辞めましたが、それは次のあてがあったからできたこと。完全に働くことを捨てるという選択はできませんでした。

働きたくないから働かないのは甘えだ、臆病だ、などとは全く思いません。大半の人がやりたいけども足踏みしてしまうニートになるという決断。それに思い切って飛び込んだ方というのは、非常に勇気があるな、と。

僕、これほどの勇気があるニートが何かに本気でハマったらものすんごいことになると思うんですよ。

中途半端にモヤモヤしながら働くよりも、一回労働スパッと断ち切ってしまい自分が本当に向き合えるものが見つかるまで潜んでいるというのも賢い人生の進み方です。

もちろんそのまま潜み続けて沈んでしまうかもしれないという恐怖はありますが、それでもニートの『自分の好きな方に決めて進む』という軸は、とても羨ましく思いますね。

 

 

どんな形でも『決断は決断』

 

めちゃくちゃ僕の願望を示したような記事になりましたね。どんな形であれ、自分の思う方向に振り切れる人って本当に羨ましく思います。

もちろん真面目で良い子が悪いとは思いません。でも、もっと自由に、生きたいように生きるという姿勢はもっと取り入れるべきかなあと思うのです。

人目を気にしながら窮屈な思いで働くよりも、思いっきり開き直って清々しくニートをする方が、人生も楽しそうですしね……。

もっとこう、あらゆる面で気楽に生きていけると良いですねえ。