読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぶらりぼっち日和

知り合い以上、友達未満の関係を脱したい男のブログ。今のとこ会社にブログのことは怒られていない。

MENU

【就活】自己分析が大嫌いでした。


スポンサードリンク

 

もう早いもので、就活解禁から、一ヶ月。
楽しめてるかい?僕は楽しめなかった←

 

この時期のSNS関連は、卒業系の投稿に加え就活関連の投稿がよく目につく。

 

「さっそく内定を頂きました!」
「自己分析で悩んでます・・・・・・。」
「自分は何がしたいんだろう」
「面接緊張した~」

etc

 

ああ、懐かしい。もう二年ですね。僕はすっかり落ちぶれてしまって

思い起こせば就活でいい思い出が無いことに気付くワタクシ・・・・・・。
「そもそもやるコトが多くないか?これ」とかずぅぅぅぅっと思ってました。

 

サイトからエントリーして、説明会行って、なぜか手書きしかダメな履歴書を書いて、筆記試験して、面接して、時には妙な会社独自の試験も受け、結果を待ってーーー。

 

 

この会社入っていーい?

 

 

あ、君なんかいい感じだね、いーよー

 

 

 こんな友達ノリで決まればどれほど楽だったか。
手書きじゃないと人柄が分からないとか知らんわ 


ともあれ就活は、非常にやることが多い。
全てがいやでしたが、一番嫌だったのが、あいつ、自己分析だ。
嫌いというか、苦痛でした。

 

 

 

自己分析が大嫌い

ホントに死ぬほど苦痛で・・・・・・。夏休みの友かよ

”自己分析をして、そこから行きたい業界や職種、志望動機作成、ES作成など多くのことに繋げていく”

そんな就活の要ともいえる自己分析が嫌いだったのは、我ながら致命的。

 

特に、“ライフラインチャート”。あれは嫌いだったなあ・・・・・・。
「自分の人生を振り返り、大きな転換期から自分を知ろう!」という目的で、
就活の自己分析によく使われるアレです。こぞって企業が使用しているイメージ。
セミナーや選考の一環でこれをやらされる度に、灰色の気持になったもの。
何度書かされたことか。

 


サッカーで全国まで行ったけど怪我で挫折して、でもそこから復活して云々


家庭環境が大変で、その経験を踏まえ学生時代に自分でこんなことを云々


〇〇が好きで、好きすぎて、そこから自分でこんなことを云々

 

 

周囲を見るとこのような就活生が多くいた記憶がございます。
ライフラインチャートを見ると様々な人生の、波、波、波。
みんなずいぶんと波乱万丈な人生を・・・・・・と驚愕してたなあ。

 

 

自分の”無い過去”を掘り起こすのが苦痛だった

 

対して僕は、マジで何もなくてですね
周りのように大きな転換期や自分を変える出来事が、皆無。
ターニングポイント?何それ美味しいの?

社会人になった今では「そういった経験が全てではない」と分かります。
でも学生時代は、やはり「えーなんでみんなそんな色々経験してんの・・・・・・」と常々思っていました・・・・・・。
とはいえ今でも特徴ある経験をしている人がいると嫉妬はします

 

当時チャートに書いていた図は、とにかく平坦。基本何もなく過ごしていたので、特に上がりもせず下がりもせず、大変無難な感じになっていました。

 

凄い嫌だったのが、これを人事やセミナー講師に見せ、深堀りを始めたとき。

 

 

 

えーと、基本的に小学校は暗くて特に何もしなくて、中学も特に、、、高校も、、、えーと、、、

 

 

ああ、、、なるほどね、、、(うーん、あんまり動きが無いなあ)

 

 

 

みたいな顔をされるわけです。

 

はい、何も無いです
大きな大会で入賞したことも、

なにか好きなモノに熱中したことも、
自分の考えをがらりと変えるような出来事も、何も。

 

 

実に平々凡々な人生でございました。
そういったリアクションがあまりにも繰り返され、
「あー、なんか見つけ出さないといけないのかな」と思うようになり、
無理くり何か意味を見出すようになりました。

 

 

 

・・・・・・昔は読書とかが好きでしたねえ。・・・・・・あ、工作も得意ですね。・・・・・・あー一人で何かするのが好きなのかな?・・・・・・あ、そういう作業系とか向いてる・・・・・・のかな?

 

そうしないとなんかダメみたいな感じがして。

 

 


自己分析で答え(らしきもの)を出す

      ↓

自分のやりたいこと(らしきもの)を見つける

      ↓

それに沿って志望動機やESを作る

 

という一連の流れから考えると、僕は最初のステップですでに躓いていました。
だから内定童貞

 

さっきの考えも、“一人でいるのが好き”というより“一人でいるほうが楽“という表現が正しい。でも“〇〇が好き”という表現でないと、その後自分のやりたいことを見つけるときにおかしくなるなと思い、“好き”ということにしていました。

 

 

これが、僕が自己分析が大嫌いな理由。
掘り起こすものがないと分かってるのに無理やり
意味づけをしなくちゃいけない作業が苦痛でした。

 

 

 

“就活までの人生の中から、自己分析でほぼ答えを出さないといけないよ。そこで出さないと就活の波に乗れずキャリアが崩れていくよ。え?自己分析で特に掘り起こす特徴がない?君の人生何もなかったの?そんなことないでしょ、探しなよ“

 

 

なんだかこう宣告された気がして。
むろんそんなことは無いと思います。
あくまで「そういう常識、やり方で通ってきた人が多いのでそれに従おう」ーーーそんな感じだと思います。
でも”自分の経験が無い”ということにたいしてコンプレックスがある僕は、
「それまでの人生で就活がある程度決まってしまうのって、世知辛いなあ」としみじみ感じたり。

 

「色んなことを経験して自分の将来やりたいことを見つける準備をしようね!」なんてことは、小さいころは全く知らず。
ひたすら大人の言うことを聞いて言われた通りに過ごしておりました。
とにかく型にはまりまくり、自分の意見を話すとやいのやいの言われるのでだんまりを決め込む。自分のやりたいこと云々よりもまずは学校の勉強を真面目にこなしたり、
大人に気に入られたりする方が大事。

こんな人生だと、やりたいこと云々の話をされてもなかなか厳しいものが。
いきなり「過去を振り返って自分のやりたいことを見つけましょう!」なんていわれても・・・・・・。

 

僕のように大きな波もなく平凡に人生を送ってきた就活生、きっといるはず。

 

一体どこから共通点とやらを見つければ良いのか?
どうやって自分のやりたいことに繋がることを見つければ良いのか?
ていうかやりたいことを考えるほどの経験も知見もなくね・・・・・・?

 

そんな就活生からしたらむりくり答えを見つけ出すのは苦痛でしかなく。
それに、むりくり見つけ出した答えを引っさげても、どうせ数年したら後悔するのは見えている。今思えば一緒に自己分析セミナーを受けた人の中にも、無理やり“人生の共通点”とやらを見い出していた人、いたんだろうなあ。大学を卒業してからの人生の方が圧倒的に長いのに、就活で人生の答えが求められるという不自由さが嫌だったのだ。

 

知見を広めるための回り道もアリじゃないかな

学生時代に何かを成し遂げる、ないしは自分のひとまずの軸がある人はそのまま行けばいい。ですがそうでない(大多数の)方は、焦らず、ぶっちゃけ卒業後フラフラする期間があってもいいのかな、と。

自分の軸が見つからず流されて就活をしてしまう人は、一度レールを外れてフラフラするのが実は最良なのではと感じています。僕もそうですし。調子にのっていた学生時代のまま下手に就活に成功していたら、危なかった(今も危ないけども←)。

 

フリーターになって「あれ、自分、くそじゃね?」と気付き、就職して「うわ、社会ってきつい」と実感して「じゃあこの中でどうするのが一番幸せかね」と考える。

 

この流れを体感できたのは大きいなあ、と。
昔は大層なことを自分の軸に掲げていまたが、
色々失敗してみて「やっぱり自分に合うのは別の道なのかも」と知れました。

 

まあでも皮肉なことに、レールから外れることが出来るのは大抵「自分の軸がある人」なんですよねえ・・・・・・。ここが辛いところ。
荒療治をしようにも、軸が無いと勇気を持ち辛く、レールの外に飛び込めない。
僕は図らずもレールを外れてしまったポンコツなので

 

ともあれ、

 

あれ、私、掘り起こすものなさすぎい・・・・・・?

 

な状態であることに就活時点で気付いてしまったのであれば、すこし寄り道する時間があっても、よかではないでしょうか?