読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぶらりぼっち日和

知り合い以上、友達未満の関係を脱したい男のブログ。今のとこ会社にブログのことは怒られていない。

MENU

意識高い系大学生への記事が”共感”と”反発”でいっぱいです

ふと考えたこと

スポンサードリンク




ブラブラとネット巡回(つまり暇つぶし)をしてたら、意識高い系議論の記事を発見。
年末にこんな記事あったんですねえ。知ってる人もいるのでは。




岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティを見て本当にさいきんよく観察される典型的な意識高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。

36

 

”内容には”賛同します

 

 

マーケティングをやっている自分の姿に憧れる

ということなのだ。あくまで、目線が自分目線なのである。要するに、

やりたいこと(内容)ではなく、なりたい自分の憧れ(状態)を描いて、それを自分のやりたいことや、目標だと、混同してしまう。

本来的にいうと、目標というのは具体的な行為だったり数値だったりするので、例えば、エベレストに登頂するとか、売上1億円の企業を作るとか、マラソンで3時間を切るとか、そういうものだとおもうのだが、例の学生のような思考だと、行為や数値ではなく、「状態」をゴールとしてしまう。

引用:岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティを見て本当にさいきんよく観察される典型的な意識高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。


 

ああ、すごくよくわかる。

やっぱりどうしたって見てくれが良くて格好いいモノに惹かれちゃうんですよね。

 

特に学生のうちはそれが顕著。

起業している自分の姿に憧れたり、でかい団体を作ってたくさんの人を率いてる自分に果てしなく憧れるんすよ。







なぜならかっこいいから。







以上

 

でも若いうちはそれくらいが普通なんじゃないですかね。

そんなに人生経験がない時に、今まで考えたこともないような理想の自分像を描けるチャンスがあれば大抵は夢を見るでしょう。

 

いきなりやりたいことなんて見つかるわけないし、
”形から入って憧れに近づこう!”と考えるのは最初のうちは至極当然かと思います。






何事も地道な経験から


 

本来、こういう「状態」は、何かの「実績」をつくったあとのゴールの状態なのであって、順番から言えば、

実績をつくる → 憧れ状態になる

というステップが必要だ。

しかし、多くのインターン学生は、あこがれ状態の方にフォーカスするので、その憧れ状態が最初に訪れないと不平不満を持つ。

憧れ状態の地位に入れてもらう → 実績を作るように頑張る

という、順番が逆なのである。岩瀬さんは、当然のように、実績をつくる→憧れ状態になるを提案したのだが、インターン学生は、憧れ状態の地位に入れてもらう→実績を作るように頑張るなので、噛み合わなかった。

引用:岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティを見て本当にさいきんよく観察される典型的な意識高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。 


これはつまり、


「憧れの状態に近づくには地道な経験が必要だよ」

 

ってことを言いたいんでしょうかね。

 

これもわかります。

やっぱなんにしたって下積みって大事なんですよね。

もちろん、

 

「いやいやなんでこんなんやるんだし」

 

みたいなよくわからん下積みはすべきではありませんが・・・。

まあそこの判断難しいんですけどね。

人生何が自分にとってのきっかけになるかわかんないので。





ちなみに僕は




「下積み?けっ!だせえ!」




とかいうクソ学生だったので、より下積みって大事だなあって思うのです。いやあ、あの時ちゃんとしてればなあ。

なんだか地道なことはしたくなかった系大学生だったんですね。

典型的な派手なことに憧れるやつでした。





憧れ状態ではなく数値目標を

 

 

仮に岩瀬さんが、マーケティング部でインターンさせてあげるという憧れ状態を提供していたとしても、今度はそれで満足してしまうので、実績は出さなかっただろう。

「将来の夢は起業することです」

こういうひとが、滑稽に映るのは、起業が数値目標ではなく、あこがれ状態だからだ。

憧れ状態を、目標と言ってしまうから、こういう人たちは滑稽に映るのである。

引用:岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティを見て本当にさいきんよく観察される典型的な意識高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。 


滑稽かどうかは別にしても、目標設定の部分に関してはとてもわかります。

 

結局目標って、数値とかの判断しやすい指標じゃないとクッソわかり辛いんですよね。

 

変な話英語を頑張る!

より

”TOIEC900点取るために毎日英語のテキストを10ページ進める

とかの方がわかりやすいでしょう。






なんだかひたすら賛同記事になりましたね。



いや、内容自体はすごく賛同します。

自分のことを言われてるようで辛かったです(小並感)

 

でも、そもそもこういう記事の姿勢自体があまり好きでなくて。





 

大人が叩いてなんになるのか?



なんだか意識高い系って叩かれるんですよ、今回の記事みたいに。 

出る杭は打たれるっていう例のアレですかね。

特にこういう記事みたいに割と社会的地位がある人が叩くことも平気で見かけます。





じゃあそれがなんの役に立つのかと言われたら、
多分なんの役にも立たないです。





今回の記事を読んだ人が思うのって、

「うわ、なんか生意気な学生だな」
とか
「いっちょまえなやつだな」
とか

ネガティブな感想が多いと思うんですよ。
あ、個人的にはネガティブは好きですけどね。



でもこういう場面でネガティブな印象が出てしまうのは如何なものかと思います。
以前書きましたが、結局意識高いと言われてる人も”自分なりにハマってるものに対して打ち込んでる”だけなんですよ。
そのやり方が少し間違ってるだけであって。

なのに「なに知った風なことやってんだか」みたいな意見はどうなのかと。
 

中には「いや!こういう記事によって意識高い学生に啓蒙を与えれる!自分を見つめ直してもらういいきっかけになる!」とかなんとか意見があると思いますが、

該当者がこういう記事を見て思うのは、


「うわ!わかるなあ!こういうやついるわw


です。多分。

 

自分がその当事者であるということに大抵は気づかないんですよ。

自分はそうじゃないって思ってるわけですから。

なので記事にして啓蒙するってのは実はちょっとずれてるんですよね。




 

正しい(と思う)対処方法



「ああ、世間知らずだなあ」と思える人がいれば教えてあげればいいと思うんです、単純に。 


最初に書いたように、学生のうちはわからないことばかりなんですよ。

かっこいい!と思ったものにホイホイと惹かれるもんなんです。




だって「憧れ状態ではなく数値的目標を定める」なんて普通考えないじゃないですか。

小さい頃からそういう教育を受けてるわけでもないし。
何も知らない人にいきなり論理的に思考を整理しながら考えさせるってハードル高すぎる。 




大人になって社会を知るからこそこういう意見が言えるのに、それを

 

意識高い学生はこれができてないからダメ!形ばっか!なんでこうやらないのかな?」

 

でまとめあげるのは違和感しかないです。
出る杭である”社会的に地位のある人”がこれをやると何だか皮肉に感じますw
 

こういうのは、ただただ自分の知識を公開して優位に立ちたいようにしか見えないんですよねえ・・・。
本心がどうかはしりませんが、どうしたってそういう印象を受けちゃいます。

それに「もし教えるのが嫌ならほっとけばいいの」にとも思います。
だってこういう学生がいたところでたいして誰かの人生をねじ曲げることもないでしょう。
しかも相手は社会人だし。普段はそんなに交わらない人種同士。
そんな表だって叩くようなこともしてないわけですし。

なんだか自分より年下をどうのこうのしてる人を見ると余裕ないなあって思います。
もっとどっしり構えて「世間知らずな人カモン」くらいの方がいい気がしますよ。